心身両面の健康づくりを通じてウエルネスな地域づくりを目指すファルマバレー構想。すでに、産学官が連携したさまざまな取り組みが始まっているが、特に運動、体力増進面で大きな期待が寄せられているのが「KKトレーニングシステム」だ。
身体の健康維持に重要な役割を担うとされる体幹深部筋(インナーマッスル)。従来、鍛えにくいと言われていたこの筋肉を、認知動作という新しい方法を用いて効率的に鍛えることができる新たなトレーニングシステムとして注目されている。
この理論を考案した東京大学教授の小林寛道氏と、ファルマバレー構想推進の中心的な役割を担う静岡県理事の土居弘幸氏をお迎えし、KKトレーニングシステムを活用した県東部のウエルネスな地域づくりについてうかがった。
[ファルマバレー構想特集]
シリーズ10
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土居弘幸 静岡県理事
「KKトレーニングシステム」の概要と構想での位置づけ
―このトレーニングシステムはオリンピックレベルのアスリート育成を目的に開発されたと聞いています。従来のトレーニング方法と大きく違う点はどのようなところですか。
小林
まず、認知動作という考え方を取り入れています。単に体を動かすのではなく、正しいフォームを脳にしっかり記憶させることで、短期間で飛躍的な記録向上を目指すものです。これをシステム化したのがKKトレーニングシステムです。同時にこのシステムは、鍛えるのが難しい身体の躯幹の筋肉であるインナーマッスルの鍛錬にも非常に有効なんですね。中でも大腰筋は特に重要な筋肉で、立って歩くという動作の根幹をなすものです。この大腰筋をトップアスリートだけでなく、だれもが容易に鍛えられるようにしています。
―そのシステムが高齢者などの健康増進にも有効とのことですが、なぜですか。
小林
普段の生活の中で現代人は、体をだんだん動かさなくなってきています。本来動くはずの体の可動範囲が狭くなってしまっているんです。加えて老化などにより下半身の筋肉が衰えると、足を持ち上げての歩行が難しくなる。すると、ちょっとした段差でつまずきやすくなってしまう。こうした歩行障害によるケガが原因で寝たきりになるお年寄りが実は多いのです。いつまでもしっかりと歩ける肉体を保つというのは、高齢者にとって非常に重要なことなのです。
―なるほど、歩くための基本となる大腰筋の筋力を若く保つことが、高齢者にとって自立した生活の基盤につながるのですね。一方、ファルマバレー構想では県民のウエルネス向上をひとつの柱としていますね。
土居
今、温泉とウエルネス(健康増進)を結びつけた新しい動きが全国各地で始まっていますが、「癒(いや)し」という点について科学性に乏しいのが実情です。ところがこのトレーニングシステムは科学的根拠に基づき、しかも短期間でだれにでも効果が実感できる普遍性の高いものです。ですから県民の皆さんの健康増進に非常に有効な手立てとなると考えています。静岡がんセンターを中心とした医療技術の開発だけでなく、こうした日常的な健康増進にかかわる先端的な研究開発を進め、それを実用化し広く普及させることも、ファルマバレー構想の重要な戦略の一つです。
新しいウエルネスプログラム
東京大学大学院総合文化研究科
小林寛道教授
―いま、伊豆地域のお話がありましたが、観光との連携や他地域との差別化をする上で、新しいウエルネスプログラムとしても期待できそうですね。
土居
まずは地域、県民への普及が前提となりますが、同時に観光客や湯治客などの県外から訪れる方々も対象になると考えています。県内で実証し、方法論の確立を図る。その実績をベースに、伊豆地域ならではのサービスにまで高めていくことができれば、他地域では享受できない特別なウエルネスプログラムを提供できるようになります。その結果、差別化が図られ、地域振興につながるのではと考えています。
小林
介護予防やリハビリに限らず、いま問題になっているのが病人と健康人の間の半健康人なんです。こうした人たちが将来的に社会の医療費を圧迫する要因になりかねない。そうなると自治体の医療費負担も増えてしまう。それを予防するためにも楽しく身体を動かせる、しかも健康につながるようなシステム作りが今、全国で求められているんです。
土居
「健康づくり」は、とにかく反復、継続が大事です。楽しくなければ続かない。なかなかそういったものがない中で、先生のトレーニングはとにかく快適に取り組める。だから反復継続できるし、地域にも浸透しやすい。
小林
おそらくこれが普及すれば、静岡県東部の方たちが真っ先にメリットを受けると思います。今回のつながりを機に、今後は静岡県を拠点にして日本全国、あるいはアジアなど、より広範囲な展開を図りたい。その核がこの東部地域だと位置付けています。
自ら開発した認知動作型マシン(マリノ)を試す小林教授
伊豆に必要な科学的アプローチ
―先日、県東部を視察されたそうですが、どのような印象を持たれましたか。
小林
この春、合併を予定している伊豆市と、裾野市を視察させていただきました。伊豆というのは文学や音楽、芸術といった文化面は非常に強いけれど、もう少し理科系の考え方を入れると、新たな動きを作り出す上で有効ではないかと思いました。
―具体的にはどのようなことでしょう。
小林
伊豆の魅力の一つは新鮮な食材やおいしい料理です。旅館に行くと食べ切れないほどのごちそうが出てきます。しかし、高脂血症や糖尿病が気になる私たちからしてみれば、身体に余計な負担をかけに行くようなもの。ですから、その部分に対するケアがきちんとできるノウハウを作って、今日はたくさん食べたから明日はしっかり運動しましょう、というような良い循環を作っていくべきだと思います。例えば、標高300b〜500bでは、平地よりも皮下脂肪が燃えやすい。ごちそうを食べた翌日はバスで高地に行き、正しいウオーキングで脂肪を燃焼して、身体の調整機能を高めるようなプログラムを組み入れるといったことです。
土居
人は景色のいいところを散策するだけで非常に気分がよくなります。加えて大腰筋ウオーキングはやること自体が気持ちいい。ならば環境のいいところで行えばより一層効果が期待できる。そういう意味でも伊豆、富士山、駿河湾をもつ県東部は、大きな可能性を秘めていると思います。
小林
富士山の周辺には、レジャー施設やスポーツ施設などが多く点在しています。標高も高いので健康づくりのための科学的な考え方を入れると、全国からかなりの人が集まるのではないでしょうか。温泉一つとっても、科学的な裏付けに基づいて、温泉の効能や効果、あるいはその人に合った入り方を教えてくれるのと、ただ「からだによい温泉ですよ」というのとでは、自ずとサービスの質が違ってきます。また温浴効果そのものも違ってくると思います。伊豆の豊かな人情と情緒、それに科学が加わると、伊豆の新しいウエルネス文化のはじまりとも言えるのでないでしょうか。
飛躍のカギはシステム化と事業化
―非常に大きな可能性を秘めたKKトレーニングシステムですが、やはり地域の取り組みがカギと思われます。既に一部の地域では導入を視野に入れた動きがあるそうですね。
土居
先の裾野市、伊豆市は先生の理論を市民の健康づくりに役立てようと自主的な取り組みを始めています。そこで県では、技術的なサポート体制を整えようと考えています。まずは県東部にこのシステムを実践化する拠点づくりを進めたい。そうした拠点があって初めて市町村に具体的な支援が可能になると考えています。
小林
今回、石川知事をはじめ土居理事や静岡県の方が私の理論に着目していただいたことは大変ありがたいと思います。しかし、KKトレーニングシステムはまだ確立したものではありません。ある時はマシンシステムであり、あるいは人的サポートシステムであり、あるいは新しい産業創生の考え方でもある。「ウエルネス」という概念をより具現化させていくための一つの道筋ととらえています。
土居
そのためにも具体的な市町村をモデルに、KKトレーニングシステムを使った健康づくりの有効性を早急に実証する必要があります。それを踏まえて、多くの方々に提供できるウエルネスサービスとしてのシステム化、事業化を図りたい。あとはそれを体験したい人が増えればマーケットも広がる。経済活動も活発になり、結果としてより多くの方に健康を取り戻していただけると思います。
―トレーニングマシンや関連機器の開発・製造といった産業化も期待できそうですね。
土居
NASA(アメリカ航空宇宙局)の技術をベースにしたたくさんの製品が一般の生活の中に入ってきています。これと全く同じで、オリンピッククラスのトップアスリート養成の理論を一般の人々の健康維持・増進に役立つものへと、静岡県を舞台に普遍化していく。県東部には優れたものづくりのノウハウがありますから、そうした面での地域への波及効果も十分に期待できます。
―優れた目利きが素晴らしい理論に出合った、そんな印象を受けると同時に、ファルマバレー構想の可能性を改めて感じました。今後の発展を期待しています。
■大腰筋とは?
上半身と下半身をつなぐ唯一の筋肉。背骨や骨盤を支えたり、太ももを上げるなどのさまざまな動作に深く関っている。大腰筋が衰えると骨盤が傾いてしまい、正しい姿勢を保つことができなくなる。そのため、腰痛の原因になることも。また、大腰筋のトレーニングは身体の代謝促進にも効果が高く、最近では効率的なダイエットとしても注目を集めている。
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