サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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風は東からファルマバレープロジェクトの柱の一つは、地域におけるものづくり企業の医療機器産業への参入支援だ。メニューは、医療現場のニーズと地域企業のシーズ(技術)のマッチング、研究開発、臨床試験、量産化、販路拡大の各種支援など、多岐にわたる。プロジェクト開始から17年、成果を生み出す“方程式”が確立しつつある。10月の「風は東から」は、最近の成果を取り上げ、関係者がどのような連携、役割を果たしたかに迫る。

[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ7

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医療現場の課題解決図る ファルマバレーの方程式
■「病理検体識別マーカー」 静岡がんセンター×東洋カプセル

■考案者の林勇参与(右)

■患者番号を型取った識別マーカー(番号)
■病理検体と識別番号が一体となった病理組織標本
 がん診断では、採取した小さな組織片(病理検体)を薄くスライスし、スライドガラスに載せて染色した「組織標本」をつくり、がんの有無を検索する。しかし、その製作過程は煩雑で、かつ多くのステップを経るため、まれにではあるが検体の取り違えなどが起こり、ニュースなどで大きく取り上げられている。長年、病理の現場では、ヒューマンエラー防止策がさまざまに考えられ、実践されてきたが、バーコードやICタグでも管理できない唯一の過程が「薄切切片の識別化」だった。
その防止策として、静岡がんセンター病理診断科の林勇参与が画期的な方法を考案。ファルマバレーセンター(PVC)の支援で、富士宮市で医薬品食品の軟カプセルを製造する東洋カプセル(望月陽介社長)が商品化をにらみ、取り組みを加速させている。
考案されたのは、卵白を使った識別用の製品。患者番号の一部を型取った枠に、卵白を流し入れ固めた後、赤く染めて病理検体と一緒にロウ(パラフィン)で固める。固まったら厚さ3マイクロメーターに薄切し、スライドガラスに載せる。識別数字と病理検体が一緒に薄切できるため、取り違えようがない。
この方法は1970年頃、米国で特許申請されたが、当時はゼラチンなどを素材としていたため、うまく色がつかず製品化には至らなかった。考案した林参与は「何か良い素材はないかと、長年考えていたところ、ある日、おでんの卵を食べていて『これだ!』とひらめいた。卵白は色が付きやすく、液体のため形成も楽だった」と振り返った。
素材には、県が進めるセルロースナノファイバー(CNF)も微量だが取り入れている。「パラフィンと数字ブロックの間になじみがなく、薄切すると丸まってしまい数字が読めない弱点があった。CNFを混ぜることで、広がった状態のまま切れるようになった」と林参与。PVCを通じ、富士の県工業技術支援センターも協力し、開発にこぎつけた。
量産化の段階で、PVCが白羽の矢を立てたのが東洋カプセルだ。PVCの植田勝智センター長は「ゼラチンという柔らかい素材の加工技術があり、かつ食品用原料の加工技術もある。カプセルもさまざまな種類を成型して作るので、数字の型もできると考えた」と選定理由を語った。

■打ち合わせを行う遠藤隆浩部長(右)と植田勝智センター長

 同社の遠藤隆浩製剤研究部長は「識別マーカーは交差汚染や異物混入が許されない高度な製品品質が求められている。本開発は、長年の医薬品GMP(製造管理及び品質管理規則)実績を有する当社の業態に合致する」と語る。また、試作にPVCの補助金を活用したことで「最初の段階が一気に進んだ」と振り返った。
 量産化にあたっては、同社の検討を踏まえ、PVCが国の競争的資金の申請支援を行う予定だ。また、販路は同社、静岡がんセンター、PVCが連携しながら開拓を進めていく。すでに臨床検査技師の団体にヒアリングを実施しており「反応は上々」(植田センター長)という。


■「バイトブロック」 駿東歯科医師会×日商産業

■開発者の遠藤由香院長(左)と小島隆行社長

■バイトブロックはシリコンで覆われており、傷がつきにくい
 歯科や介護現場では、口腔ケアの際に施術者の指がかまれたり、傷ついたりすることが度々起きる。今回開発された「バイトブロック」は、障がい者や口を開けにくい方の補助器具だ。以前からプラスチック製品はあったが、患者がかんで割れた破片が喉に詰まって死亡するという痛ましい事故があり、長らく販売が中止されていた経緯もある。
 医療、介護現場ではホースを指に巻くなど個々に工夫していたが、代用品でしかなく安全な製品が望まれていた。
 バイトブロックは、ナイロン製の本体をシリコンで覆った。万が一、内側が割れてもシリコンがあるので粉砕しにくい。また、柔らかいため歯が滑らず、唇や口角に当たっても傷つきにくい。
 先端には穴があり、ここからカテーテルを入れ、たんや唾液を吸引できる。反対側の穴は、脱落防止のひもを通すと喉に落ちる心配がない。
 施術者の指を入れる内径はMとLの2種類を用意。介護現場で多く利用する女性の指のサイズを考慮した。考案者のうさぎ歯科遠藤由香院長は、自身も時間をつくっては訪問治療を行っている経験から「介護施設や自宅など、利用することが多い女性の視点を意識した」と語った。
 開発のきっかけは、PVCが開設当初から続けている、医療現場のニーズを吸い上げる活動だ。静岡がんセンターをはじめ近隣医療機関の医師や看護師などの「現場の困りごと」を製品化するもので、すでに80品目以上が現場で使用されたり販売されたりしている。
 開発を手掛けた日商産業(長泉町)は樹脂加工メーカーで、オリンパスに40年間、部材の提供をしている。10年前からPVCの支援、協力のもと医療機器製造販売業の許可を受けた。また、臨床試験は遠藤院長が所属する駿東歯科医師会が協力し、静岡がんセンター歯科口腔外科の百合草健圭志部長らが試験の成果をとりまとめた。
 遠藤院長は「現場のニーズは高いが、今まで大学教授らが挑戦しても製品化できなかった。それは、PVCのようにニーズを吸い上げ、協力してくれるメーカーとの仲を取り持つ機関がないためだ」と語る。

■端に穴があるものが医療機器(ゆびまもりか)、 穴がないものは介護現場や家庭用の製品(ゆびまもるん)

 同社の小島隆行社長は「当社はものづくりはできるが、アイデアがない。PVCに声を掛けてもらうことでチャレンジでき、次の新しい方向性が見える。長年、部材は提供してきたが、医療機器の製造・販売が可能になることで、世界が広がった」と10年の経過を振り返った。医療機器メーカーとしてバイトブロックを含め3件の開発に取り組んでいる。
 現在は量産化に向けた最終段階に入っており、大手の口腔ケア製品メーカーから年度内に販売される予定だ。小島社長は「仙台で行われた老年歯科医学会に持っていったところ、反響が大きく、多くの皆さんが待ってくれていることを肌で感じた。この製品で介護する方の負担が減ればいいと思う」と抱負を語った。
 


PVCの“伴走”が企業参入を後押し
― ふじのくに医療城下町推進機構 大坪檀理事長(静岡産業大総合研究所所長、特別教授)
 医療産業は成長産業と言われている。しかし、いざ参入する段階でさまざまな課題があるため、普通の企業ではどのような道筋を描けば良いかが分からない。
 ファルマバレープロジェクトでは、大きな方向性や取り組む分野を静岡がんセンターの山口建総長やPVCのスタッフが丁寧に説明し、地域企業が徐々に理解を深めてきた。自分たちが持つ技術がどう生きるのかをさまざまな方法で提示してきた。
 最初に東海部品工業(沼津市)という成功事例が生まれたのは大きい。それが大きな誘因になって他の企業も関心を持った。しかし、医療機器産業参入は、規制の壁をどうクリアするかだけでなく、「挑戦する気構え」が大切だ。そのため、PVCは企業が障壁を理解し、行動を起こすところまで伴走する。
 また、拠点(県医療健康産業開発センター)ができたのは大きい。大手企業も新しい技術やネットワークを求めて同センターに入居したり、連携したりしている。最近では他県からも連携のオファーが届いたと聞く。
 ファルマバレープロジェクトは新しい地域振興のための実証事業をしていると言えよう。世界中から技術者や研究者がここに集い、学び、起業するといい。この地が米国のシリコンバレーのようになることを望む。


■企画・制作/静岡新聞社地域ビジネス推進局

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