サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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風は東から「2021.8.26 静岡新聞掲載」

コロナ禍を機に、地方への移住に関心が高まっている。本県は昨年、NPO法人ふるさと回帰センターの移住相談件数が全国1位となった。このチャンスをどう生かすのか。県東部・伊豆は首都圏からのアクセスが良く、人のつながりも深い。8月の「風は東から」は地方への「移住と起業」を考える。単に移住に留まらず、地方で起業してもらい、地域の活性化につなげるには何が必要か。事例を見ながらヒントを探る。

[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ5

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移住から起業へ新たな動き 地域の熱量がにぎわいを生む
■関係人口生み出す拠点へ タゴールハーバーホステル(沼津市戸田)
■「戸田で培ったノウハウを他の地域にも展開していきたい」と語る合同会社レイバーの鈴木智博代表
タゴールハーバーホステルは2019年6月に、沼津市戸田にオープンしたゲストハウスだ。経営するのは一級建築士で合同会社レイバー代表の鈴木智博さん。東京の大手企業で地域振興に関わっていた鈴木さんは、提案をするだけでなく実際に地域に入り込み、空き家や空き地のリノベーションを通じてまちの賑わいを生み出そうと戸田に移住した。
大学の同級生が沼津市役所に勤めていたこともあり、市が主催するリノベーションまちづくり勉強会に参加、市から空き物件となっていた民宿を紹介してもらい、ゲストハウスを開いた。戸田の自然の美しさに感動したことも理由の一つだ。ネット環境が整備されている今、鈴木さんは「働く場所は選ばない」と言い切る。
受け入れ側の沼津市は、遊休化した民間や公共の不動産を活用し、リノベーション手法により、地域の価値を高める「リノベーションまちづくり」を進めている。また、沼津信用金庫は国交省の外郭団体であるMINTO機構と「マネジメント型まちづくりファンド支援事業」の全国第1号となる「ぬまづまちづくりファンド」を立ち上げた。タゴールハーバーホステルはこのファンドの2番目の投資先だ。
事業化の過程では、市の担当者が地元のキーマンや事業者を紹介、会う機会づくりをしてくれたことが大きい。「移住や起業向けの自治体支援は、金銭面や規制緩和などが一般的だが、地元の人とのネットワークを作ってくれたのは大きい。ここが一番難しく、しかも早い段階から必要な支援策だ」と鈴木さんは振り返る。
移住から約2年、同施設には地域の人が集うだけでなく、外から訪れる人と地域住民が交流できる場として成長しつつある。鈴木さんは「戸田のように素敵な場所が消滅しないよう、 “定住”をゴールにするより関係人口をどう作っていくのかが重要」と語る。新たにコーヒーの焙煎所を立ち上げるなど、地域のにぎわいづくりに奔走する。


■先輩農家が丸抱えで指導 新農業人支援制度
■ニューファーマーの修了式の様子。制度を活用し就農した人が、今では受け入れ側にまわっている
県が市やJAと進める「がんばる新農業人支援制度(旧ニューファーマー養成制度)」。新規に就農を希望する人が受け入れ農家の下で1年間の実践研修を経て独立するもので、JA伊豆の国管内では1997年の開始以来、この制度を活用した新規就業者が83人となった。うち県外からの就農者が47人と半数以上を占める。施設園芸品といわれるミニトマトとイチゴが主な栽培品目だ。
JA伊豆の国の鈴木正三代表理事組合長は「研修生受け入れ農家による技術指導や独立後の土地斡旋、また研修中の生活資金や設備投資の資金調達の橋渡し等は県、市、JAが連携して行っている」と語る。この取り組みが評価されJA伊豆の国果菜委員会は、第42回日本農業賞(※)を受賞した。
今年は県内外から18人が集まった。うち5人が伊豆の国市でイチゴの就農を希望している。7月に現地見学会を行い、8月には県、市、JA、受け入れ農家による面談を行った。
応募者もさまざま。以前から農業に興味がある人や、都会の喧騒を離れ自然を相手に暮らしたいと考える人たちだ。東京の大手メーカーの技術職、メガバンク出身者もいる。営農販売課の太田静夫氏は「ニューファーマーは研究熱心。データを取り、PDCA(計画、実行、検証、改善)サイクルを回して反収(1反当たりの収穫量)を高めている」という。
施設園芸とはいえ曇天が続けば収量は減る。土地や設備に大きな借り入れもするため、農業技術と経営感覚の両方が必要だ。そのため、JAでは市場、仲卸、量販店など幅広い販路を開拓、また、イチゴのパッケージセンターでパックから出荷までできる仕組みを整えた。営農販売課の萩原孝彦課長は「良い作物を作ることに専念できるバックアップ体制を整えている」と胸を張る。
キーとなる受け入れ農家も、年間で14人まで受け入れが可能だ。高齢化を後目に、JA伊豆の国管内のミニトマト農家は平均年齢47.5歳と若い。中には年収3000万円を稼ぐニューファーマーも。つらい、きつい、儲からない農業の姿はそこにはない。
※全国農業協同組合中央会とNHKなどが共催。農業経営や技術の改革と発展に意欲的に取り組んでいる農業者と営農集団を表彰している


■IT企業の進出次々と xWINグループ(川根本町)
■「これからは仕事のしやすさはもちろん、人間らしい生活ができる事が重要」と語るxWINの荒澤文寛代表
xWINグループは、ブロックチェーンテクノロジーを活用した暗号資産の運用プラットフォームを運営している。日本、ベトナム、シンガポール、アフリカなどに拠点を持つグローバル企業だ。7月に総額7.7億円の資金調達に成功し、話題となった。
代表を務める荒澤文寛氏が「川根本町出身の国会議員と知り合った」のが縁で支社を立ち上げた。支社は、新東名新静岡インターから車で約1時間の山深い場所だ。もちろん、光ファイバーが通っており、営業活動に関しては問題がない。荒澤氏は「むしろ、こうした自然の中の方が人として正しく生きられるのではないか」という。
同町は、世界的IT企業ゾーホー(インド)ジャパンのサテライトオフィスをはじめ、複数のIT企業が進出している。2年前には、ゾーホージャパンの社長を務めていた迫洋一郎氏が、事業を通じて地域課題を解決するKAWANEホールディングスを立ち上げた。荒澤氏は「迫さんの存在も支社立ち上げの理由の一つ」と語る。いろいろな人をオープンに受け入れる迫さんを中心に人が集い、事業が生まれる。若いエンジニアを集めて事業を起こす予定もあるという。ブロックチェーンやIT企業が集積する「川根ブロックチェーンバレー」の構想も進む。
同町は企業が進出し、雇用した場合の補助金や、移住に対する補助制度がある。ただ、こうした物理的な補助だけでは人や企業はやって来ない。荒澤氏は「町の規模は小さいが、かえってトップや職員の動きが早い。住民は外から来る人を受け入れる度量があり、温泉や夢のつり橋など、観光資源も豊富」と同町の魅力を語る。
一方で課題もある。移住してくる技術者の住居の確保が難しい。同町には600軒の廃屋があるが、所有者がわからなかったり、管理者が遠くに住んでいたりしている。これらの有効活用の検討も急がれている。


■移住と起業の連鎖を生み出すには
働く場所、スタイルを選ばない時代。xWINグループのように、志を同じくする仲間が、人種や距離の壁を越えてグローバルに働く時代。荒澤氏は「ある程度のインフラがあり、自然が豊富というだけでは企業は魅力を感じない。ビジョンを描き、スピード感をもって実行していく行動力が地域には求められる」と語る。
また、レイバーの鈴木氏は「集落再生、町の再興を進める上で、他の町にない土地の魅力、特異性は何かをしっかり考えないといけない。その場所にフィットするものは何なのか。そのうえで残すべき場所を残していけるのが理想ではないか」という。
コロナ禍で地方のチャンスは大幅に拡大した一方、自分の地域が進出する企業にとってどんな魅力があるのかを、説得力をもって提示できないと選ばれない時代に突入している。


まちづくりの拠点「ぬましんCOMPASS」
■ぬましんCOMPASSの活動風景
「ぬましんCOMPASS」は沼津信用金庫が沼津駅北に立ち上げた「まちづくりプラットフォーム」だ。シェアオフィス、コワーキングスペース、ワークショップスタジオからなり、沼津高専のサテライトキャンパスも入居する。「創業を目指す起業家に新たな活動拠点を提供するとともに、入居者が連携し地域課題の解決に取り組む事にも伴走支援を行っている」と武田守晃地域創生部長は語る。内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局が選定する「金融機関等の特徴的な取組事例」として、今年3月に内閣府特命大臣表彰を受けた。


■企画・制作/静岡新聞社地域ビジネス推進局

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