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■がんゲノム医療の道のり |
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■国内のがんゲノム医療をけん引する静岡がんセンター |
ゲノムとは、生物のもつ遺伝子(遺伝情報)の全体をいう。ヒトには約2万個の遺伝子があるといわれている。
がんの主な原因は、このゲノムの異常ということがわかっており、現在、がんの遺伝子を調べ、治療に結び付けるがんゲノム医療が世界的に進んでいる。
静岡がんセンターは14年から、患者の同意を得て手術で取り出したがん組織や血液の細胞を遺伝子解析し、新しいがん診断・治療技術の開発につなげる「プロジェクトHOPE(ホープ)」を進めている。その数は現在9000症例を数え、来年には1万を超す見通しだ。
米国を筆頭に、がん患者の遺伝子を解析する動きはここ10年の国際的な流れにある。しかし、日本では大々的には行われていなかった。遺伝子解析技術が進歩し、12年頃から静岡がんセンターでも国の動きに先駆けて検討を開始した。そして、約1年の準備期間を経て、プロジェクトHOPEが始まった。
プロジェクトHOPE研究の中心となって進める静岡がんセンター研究所の浦上研一副所長は「がん遺伝子解析の研究は、患者さんへの説明、検体の採取、運搬、患者情報の管理など病院全体の協力が欠かせない。そのため、山口建総長が自ら主導し、医師、看護師、医療スタッフを対象とした説明会を複数回開催、関係者全体に理解を広げていった」と当時を振り返る。
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■「HOPEの成果を国の研究でも生かしたい」と語る浦上副所長 |
遺伝子解析には高い分析技術も必要だ。同プロジェクトでは、当初から検体検査の専門企業「エスアールエル(SRL)」と共同研究をスタート。検査技術の向上はもちろん、ファルマバレープロジェクトの観点から、事業化、産業化を見据えた体制を整えた。また、18年には「エスアールエル・静岡がんセンター共同検査機構」を立ち上げている。
同機構の平林庸司社長は、「HOPEで集められたデータは、遺伝子情報と臨床情報が紐づいて蓄積されている。それと、新たな患者さんのデータを比較することで、どんな治療の選択肢があるかが予測できる」と優れた点を語る。
また、血液がん以外のほぼ全てのがん種がそろっていること、単一医療機関でのデータベースのため、電子カルテの内容や入力のルール、運用方法などが統一され、情報の精度が非常に高いこと―などから「静岡県民の財産と言っても過言ではない、貴重なデータ」と言い切る。 |
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■HOPEから生まれた成果 |
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■オンコパネルで解析を行った遺伝子をグラフ化したもの。左は遺伝子全体、右は一部を拡大したものを表す |
静岡がんセンターは、昨年秋に、HOPEで集められた約5000症例の解析結果をもとに構築したデータベース「日本版がんゲノムアトラス」をインターネット上で閲覧できるようにした。これは、約480のがんに関連する遺伝子の解析結果が閲覧でき、患者や医師、医療スタッフなどが解析結果の理解や治療方針を決める際の参考にするものだ。
また、同機構が開発を進めているのが、がん遺伝子パネル検査「ふじのくにHOPEオンコパネル(R)」だ。
がん遺伝子パネル検査とは、がんに特有の遺伝子を選び、正常な遺伝子と患者の遺伝子を比べ、どこが変異しているかを調べる医療機器システム・プログラムのこと。一度に数十〜数百の遺伝子が調べられる。検査の結果で、がんの特定や効果がありそうな抗がん剤の選択などが検討される。
HOPEオンコパネルは、HOPEのデータベースから選んだ410の遺伝子で構成されている。日本人のがん遺伝子データに基づいて開発されており、また、静岡がんセンターという単一施設のデータのため、再発や転移の際の遺伝子の変異まで追跡することができる。
こうした「がん遺伝子パネル検査」は、現在、国内では2種類が保険適用されており、HOPEオンコパネルも、今年度中に薬事申請を済ませ、来年度中の保険適用を目指している。 平林社長は「HOPEオンコパネルが世に出て保険適用になれば、患者さん、ご家族、主治医の先生方に費用面での不安が少なく利用していただける。保険適用は、国で品質が認められた証ともいえるので、社会貢献をしているという実感が、われわれスタッフのモチベーションにつながる」と語る。 |
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■ファルマバレーでの進展 |
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■平林社長は、「静岡県におけるがんゲノムに関する検査は、患者さん、医療機関の利便性から、ここで全てできることを目指している」と語る |
静岡がんセンターが「プロジェクトHOPE」に取り組んで10年あまり、先ごろ、国家プロジェクト「がん全ゲノム解析等における患者還元に関する研究」に、国立がん研究センター中央病院、がん研有明病院とともに選ばれた。
この研究では、対象をがん遺伝子から全ゲノムに広げ、解析した結果を患者還元に結び付ける体制を構築する。浦上副所長は「HOPEで培ったシステムをそのまま利用する。こうした研究は、意思疎通も含め、目的がきちんと共有できていないとうまくいかない。その点、静岡がんセンターは病院、研究所、検査機関が一体で取り組める体制がすでにできている」と、自信をのぞかせる。
検査を担当する同機構にとってもこうした体制は魅力的だ。先の、HOPEオンコパネルが実際に使われる段階では、様々な問い合わせや改良・改善への対応が発生する。その点についても、病院、研究所、検査機関が連携することでスムーズな対応が見込まれる。
さらに、検査技術にイノベーションを起こすには「異業種との連携が重要になる」と平林社長。特に、ロボティクスを含めたAII技術の活用など、ファルマバレーに参画する県東部を中心とした企業とのマッチングに見出したいと考えている。また、静岡・山梨両県にまたがるファルマバレー医療特区のポテンシャルにも大きな期待を寄せている。
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「新たながん治療薬に期待」 |
臨床の現場から、がんゲノム医療への期待を静岡がんセンターの釼持広知ゲノム医療支援室長(呼吸器内科医長)に聞いた。
現在、がん遺伝子パネル検査を保険適用で行えるのは、標準治療が終了した、または終了が見込まれる固形がん(白血病などの血液中の流れる血液のがんと異なる、塊をつくるがんの総称)の患者だ。
また、遺伝子パネル検査をしても、その結果が治療薬に結び付く確率は、静岡がんセンターでも5〜10%と低い。もちろん検査ができないと次の治療にたどり着かないので、患者にとっては大きなメリットだが、次のステップはより多くの薬にたどり着くことが求められてくる。
プロジェクトHOPEが始まり、われわれ臨床現場は、遺伝子検査用の検体を収集する意識が非常に強くなった。良質な検体をしっかり収集すること、これは一朝一夕でできるものではない。8年の歳月を経てゲノム解析に耐えうる検体が取れる体制ができたことは大きな実績だ。
これだけ大規模かつ精度の高い遺伝子データが集まってくると、国内外の製薬企業も関心を持ってくれることが期待される。それにより、遺伝子をターゲットとした薬剤の開発が日本で活性化することが期待できるし、その中から多くの薬剤が生まれ、さらに保険承認につながれば、患者のメリットになるだろう。 |
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