サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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風は東から「2022.11.24 静岡新聞掲載」

ファルマバレープロジェクトは、医療健康産業が集積する「医療城下町」としてそのすそ野を広げてきた。今年で20年が経ち、新たに住民主体の「医療田園都市構想※」を掲げる。11月の「風は東から」は、今月行われた東部地区分科会のパネル討論を取り上げる。静岡県立静岡がんセンターの山口建総長、ふじのくに医療城下町推進機構の大坪檀理事長、長泉町の池田修町長、日本政策投資銀行設備投資研究所の青山竜文上席主任研究員、医薬品メーカー、タウンズの野中雅貴社長をパネリストに、医療田園都市構想に向けた産学官金の取り組みについて聞いた。聞き手は懇話会TESS研究員の青山茂シード取締役副社長。

※医療田園都市構想…豊かな自然環境のもと、住民たちが安心して医療を受け、心身ともにゆとりのある生活を送ることができる「理想郷」を目指すまちづくり構想。ファルマバレープロジェクトが築き上げた医療城下町を基盤に、企業・患者中心から住民主体の構想へ発展するもので、今後基本構想を策定する

[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ8

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医療田園都市目指し 産業の高度化と人材育成を
■ファルマバレーを基礎にさらなる飛躍図る

青山 医療田園都市構想がこの地域や産業に与える影響と、可能性についてお話しください。
池田 1999年当時、近隣4市町(沼津・三島・裾野市、長泉町)の製造品出荷額は当町が4番手の約2810億円でした。それが2019年に約4500億円と大きく伸びています。今年の地価公示の市町別平均価格では、住宅地は県内で最も高く、商業地も4位です。これらは、当町がファルマバレー構想に基づき今後どうなるのかを予測し、それに向けてまちづくりを行った成果です。
医療田園都市構想に向けて今後目指すのは、面白い人間が集まる街にすること。様々な分野でエッジが効いた人が当町に興味を持ち、すでに住む住民と関わることでさらなる活性化につなげていければと思います。
野中 今後地域が成長するために課題となるのは人材の確保です。データサイエンティストなど今まで採用してこなかった人材を、東京などの企業と競争しながら採用する場面では、住みよい環境は有利に働くと思います。
県東部にスタートアップを増やす方法として、ベンチャーキャピタルなど資金調達の仕組みと、ファルマバレーセンターのようなインキュベーションをつくることが挙げられます。ベンチャーキャピタルは複数企業の相乗りで作り、高度な研究環境を持ったインキュベーションセンターと連携することで新しい企業の誘致につながるのではないでしょうか。
青山(竜) この地域で研究開発を行うことの魅力が、どのように伝わるかのプロセスが大切です。
ベルギー・フランダース地区のVIB(フランダース・バイオテクノロジー研究所機関)は、世界トップレベルの研究者がどうやったら集まってくるのかについて、繰り返し取り組まれたそうです。彼らはまず、研究者に5年間集中して研究できる環境を整えました。5年経過した後は研究結果によって、継続か否かを決めます。
ファルマバレーセンターもVIBのように、若い人材が「住民」になってしっかり研究開発に集中できる仕組みを取り入れてみてはいかがでしょうか。
山口 理想郷だからそこに住んで研究したい場合と、特定の研究ができるからその地域に住みたいという場合に分かれます。ファルマバレーセンターは後者を目指し努めてきました。次のステップは未来ある研究者に我々の地域の研究所や機関に来ていただき、まずは決められた期間に思い切って取り組んでもらうことです。
一方で静岡県が世界一を目指すためには、住み心地の良さに加え、各市町の文化レベルの向上が必要だと考えます。さらに、医療田園都市構想の実現に向けては、静岡県が理想郷としてのポテンシャルを持っていることを自覚し、各地域が持っている“特性”を強くアピールすることが求められますね。

■山口 建 氏
静岡県立静岡がんセンター総長

慶応大医学部卒。1999年国立がんセンター(現・国立がん研究センター)研究所副所長。2002年より現職。高松宮妃癌研究基金学術賞、ISOBMABOTT賞受賞

■池田 修 氏
長泉町長

1980年長泉町役場に奉職。企画財政課長、教育部長、総務部長等を歴任し、2013年副町長就任。17年長泉町長に初当選、現在2期目。21年6月より静岡県町村会副会長


■まちづくりに欠かせぬ経営の視点

青山 長泉町はまちづくりを進めるにあたり一貫性がある取り組みをされている印象を受けます。
池田 一度始めたらこだわろう、どこよりも早く、やれることはやろうという文化があります。例えば、当町は静岡がんセンターのある町として、徹底したがん対策を行っていて、がんセンターの県民向け講座は、当町から始まりました。また「早く発見できれば特定のがん以外は治る」という認識の拡大のため、がん検査を無料で行ったり、胃がんの原因とされるピロリ菌の検査を中学2年生が受けられたりしています。
他にも、道路づくりや商業施設、子育て支援センターの設立など、一見医療とかけ離れているように思える事業も、ファルマバレーを盛り上げるためであれば迅速に行動しますし、医療田園都市構想にも取り組んでいきたいです。
大坪 長泉町がまちづくりに成功したのは、県によるがんセンターの建設と継続的な投資による経済効果も大きいでしょう。アイデアがあっても、お金の出どころがなければ成り立ちません。地域経営は特に具体的な目標と指標が大切であり、いつまでに誰が何をやり、それにはいくらかかるのかを考えていく必要があります。
私個人のアイデアですが、県民ファンドをつくるのはいかがですか。県民でお金を集めアントレプレナーにお金を貸し、出世払いしてもらうという方法です。お金があるから教育ができて、産業が生まれる。今は産業を興しやすい時代です。視野を世界に広げ、町にお金を呼ぶ仕組みづくりを考えてほしいですね。
山口 静岡がんセンターの最初の打合せは県庁の職員2人と私の3人で始まりました。病院建設には大きな金額がかかります。厳しいご意見もあった中、県から病院を核とした産業おこしをしてほしいと意見をもらい、計画段階から「日本を代表するがんセンター開設」と「医療健康産業の活性化」の2つの使命を請け負いました。現状7、8割方は達成できたと自負しています。
今後は、医療や行政の力だけでは使命の達成は難しいため、産業人の皆さんのお力が必要です。県東部や山梨県の信用金庫のご協力のもと、良い流れができつつあります。さらに意識するべきは「スピード感」。グローバルのスピードは速いので、そこに追いつく意気込みで取り組むべきでしょう。

■大坪 檀 氏
ふじのくに医療城下町推進機構理事長

東京大経済学部卒。1958年ブリヂストン入社。2012年学校法人新静岡学園理事長に就任。現在は、同学学園長、静岡産業大総合研究所所長を務める。17年より現職

■青山 竜文 氏
日本政策投資銀行
設備投資研究所 上席主任研究員

1996年日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)入行。ヘルスケア向けファイナンス業務立ち上げに参画。2021年一般財団法人日本経済研究所常務理事を経て、22年より現職



■高度人材確保の仕組みづくり

青山 地域の所得の底上げと高度な頭脳産業の発展には教育も大きなカギになりますね。
大坪 教育は大学だけではなく社会全体で行うべきで、例えば専門学校をもち、企業内外の人材の育成を行う企業もあります。このように産業自体が人材育成することも可能です。静岡県には優れた学校がありますので、企業が工業専門学校や大学に人材を派遣したり、あるいは地域の人に奨学金を出すなど、柔軟な発想が求められます。私は企業にいたときに、アメリカの大学に留学しました。企業の留学制度を充実させ、世界中のシーズ(種)を拾ってきてもらうのも人材育成の方法として挙げられますね。
野中 企業からすると、スキル別の地域の人材バンクがほしいですね。貴重なリソースを副業や業務委託など流動的に活用できると良いと思います。
また、ヘルスケア分野においてリテラシーの高い方が集まってくるのは大きな財産です。
個人のヘルスケアデータがブロックチェーン技術で守られ、情報を提供した方にトークンという形でメリットが返ってくれば、ヘルスケアデータの有効活用ができるようになるのではないでしょうか。このような環境があれば、AIやビッグデータに関する人材や起業家も集まり、新しい産業が生まれることが期待できます。
青山(竜) 国は医療データを匿名化して活用、開発に使おうという動きに力を入れており、認定事業者も三つほどできています。一から築き上げるのではなく、そのような事業者と一緒に作り上げ、パッチワーク的に今あるものを活用していくのが賢明かと思います。また、医療現場におけるデータで利活用することについては、医療機関、自治体で丁寧に議論することが大切です。
池田 人材や企業を呼び込むうえで、東部地域は災害時などいざという時への備えができていることがPRできるよう、新東名長泉沼津インターチェンジ周辺にさまざまな物流産業をもってくることを考えています。そうすることで、東部広域の物流機能が強化できると同時に、災害時の防災拠点としても機能するため、地域の魅力アップにつながります。
青山 どこに住み、どこで職に就くのかが今までにないほど重要な意味を持つ時代。そうした中で医療田園都市構想は、超高齢社会を逆に生かすことのできる都市の在り方を示していると言えます。計画の成果に期待しています。

アントレプレナー…ゼロから会社や事業を創り出す人(起業家)のこと
ブロックチェーン…取引履歴を暗号技術によって過去から1本の鎖のようにつなげ、正確な取引履歴を維持しようとする技術
トークン…一般的に、ブロックチェーン技術を利用して発行された仮想通貨や、NFTなどを指す

■野中 雅貴 氏
タウンズ
代表取締役社長兼CEO

東京大経済学部卒。太田昭和監査法人(現・EY新日本有限責任監査法人)などを経て、2007年にタウンズ入社。13年代表取締役に就任、現在に至る

■コーディネーター
青山 茂 氏
サンフロント21懇話会TESS研究員、シード副社長

静岡県内外の企業および自治体のプロジェクトのコンサルティングから事業プロデュースまで幅広く手がける。


■企画・制作/静岡新聞社地域ビジネス推進局

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