サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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風は東から「2024.1.26 静岡新聞掲載」

昨年1年をかけ、東アジア文化都市事業が本県で開催された。県内各地で多くの文化イベントが開催され、特に県東部では、文学を色々な角度から楽しむイベントが行われた。「風は東から」1月は「文学」や「文化」を活用したまちづくりについて考える。個としての楽しみはもちろん、工夫次第で、人と人をつなげる、人と地域をつなげるきっかけとしての文学の在り方を紹介する。

[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ10

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本がつなげる人と地域 文学の土壌を多面的に活用
■文学資源が集積 伊豆の高いポテンシャル

伊豆文学シンポジウム「井上靖と敦煌(とんこう)」

「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た」―。日本を代表する文豪・川端康成の「伊豆の踊子」は、伊豆市湯ケ島の天城山から始まり、川端自身の伊豆での旅行体験をもとにつくられている。本作は昨年、静岡舞台芸術センター(SPAC)が舞台化し、県内各地で上演された。この作品は過去6回映画化され、海外からの観光客が伊豆を訪れるきっかけにもなっている。
「しろばんば」で知られる井上靖は、幼少時に父親の故郷天城湯ケ島で過ごし、沼津市で多感な少年時代を過ごした。長泉町に文学館があり、天城湯ケ島や沼津の千本浜公園をはじめ県内各地に文学碑が建っている。他にも県東部・伊豆地域は若山牧水、三島由紀夫など、文人ゆかりの文学館や文学碑が数多く存在する。
こうした背景の下、川端康成、井上靖に続く新たな文学作品や人材を見出そうと、県は1997年に「伊豆文学賞」を創設した。伊豆をはじめとする県内の風土や地名、行事、人材、歴史を題材にした文学作品を募集している。
さらに昨年は、県が東アジア文化都市に選出されたことで文学ゆかりのイベントも数多く開催された。10月14日、15日の2日にかけて行われた「伊豆文学祭」は、シンポジウムをはじめ、映像ライブステージや朗読劇などさまざまな手法で文学を味わうイベントとなった。会期中、文学とまちづくりをテーマに「全国文学サミットin伊豆」が催され、伊豆市など県内外の自治体が文学のまちづくりを推進する共同宣言書が採択された。11月12日には伊豆文学シンポジウム「井上靖と敦煌(とんこう)」が開催され、井上靖の作品の舞台である中国・敦煌市と井上靖の故郷伊豆市をオンラインで結び、パネラーが井上をひきつけた中国西域の魅力について語った。



■本を媒介に にぎわいを創造

下土狩駅前広場で開催された社会実験「駅前リビング」

他方、県東部で近年「本」を活用したコミュニティー形成の動きが増えている。長泉町は本を核としたにぎわい創出事業として、昨年9月1日から10日にかけ、社会実験「駅前リビング」を行った。下土狩駅前広場にカラフルなベンチや会場中央部のメインテーブルに色とりどりの絵本を並べた空間を創出、ファミリー向けのワークショップや、キッチンカー、音楽の演奏など、人が集まる場づくりを行った。
手掛けたのは、書籍流通大手日本出版販売の子会社「ひらく」。同社は本に触れる人のすそ野を広げようと、東京・福岡の2拠点で入場料をとる書店「文喫」の運営を行っている。店内には幅広い分野の約3万冊の書籍が並ぶだけでなく、企画展やイベントを開催したり、小腹を満たす喫茶室が設けられたりしており、一日中誰にも邪魔されず本との出会いを楽しめる空間として人気を集めている。今回の長泉町の社会実験では文喫で培った経験を活かし、「文喫ハナレ」と称して本を起点にした街のにぎわいを演出した。

同社の武田建悟取締役は「長泉町はアクセスが良く子育て世代も増えているなど街としての魅力が備わっているものの、町内に書店ゼロという課題を抱えていた。そこで、弊社のノウハウを用いて長泉に人と本の接点をもたらすことで、もともと持っていた街の魅力を加速度的に良くする実証を行った」と語る。
この実証の結果、期間中、約1300人(推計)が来場し、来場者アンケートでは、93.9%が今後もこのような催し物を実施してほしいと回答するなど、好評を博した。
武田氏は「本を媒介にすることで今回の事業で訪れた人たちの間にちょうどよい距離感が生まれた。本に加え、まちに楽しめるモノやコトがあると、さらに活気づくことが分かった」と振り返った。
本を活用した地域活性化の動きは長泉町だけではない。隣の三島市には、本を通して地域のつながりをもたらそうと一箱本棚オーナー制(※)の私設図書館「あひる図書館」がある。

ひらく
武田建悟取締役


あひる図書館で開催されたワークショップ

同図書館は、県東部の子育て支援団体「ママとね」がコロナ禍で集まりにくくなった子育て世代を含む地域住民の居場所をつくろうと2年前に開設。現在、本棚オーナーは74人、オーナーになるには半年待ちだ。
同図書館は、本を借りるだけでなく、オーナー主催の読書会や生き物好きのオーナーによる野外観察会など、イベントも開催。オーナー同士がつながる機会が持てるのもこの図書館の魅力だ。
同図書館の中島あきこ館長(ママとね代表)は「図書館がもつ役割のうち、“人がつながる”機能を取り出したものがあひる図書館。子育て支援活動ではつながれなかった父親や地域で働く人など、多世代を巻き込む場にもなっている」と語る。現在では母親たちだけでなく父親や祖父世代との交流も生まれている。

中島館長は「今後は不登校の学生など居場所がない子ども達が、地域の面白い人たちと関われる場所にしていきたい。親と先生しか知らない学生が地域に出ていくきっかけになれば」と語った。

※月額2000円で 図書館に自分だけの本棚を持ち、好きな本やお薦めの本を並べられるオーナー制度

あひる図書館 中島あきこ館長



多彩な文学の魅力をまちづくりに生かす
伊豆市 菊地豊市長

 昨年は東アジア文化都市事業に関連し、当市でも伊豆文学シンポジウム「井上靖と敦煌」を開催した。小説の舞台となった中国の敦煌と天城湯ケ島を結び、パネルディスカッションを行った。私はパネラーとして、「敦煌」を繰り返し読んでみた。初めは地名も登場人物も知らない遠い存在の小説が、繰り返し読むことで理解が深まり、さまざまな想像を膨らませる源泉になった。あらためて文学の面白さを知った経験である。
「伊豆文学の郷」づくりは、湯ケ島で幼少を過ごした井上靖、ノーベル文学賞の川端康成を主軸に進めたい。そのうえで二つの方向性を考えている。一つは、過去の作品だけでなく現代の小説や文学を楽しむ取り組みだ。現代作家に湯ケ島に逗留(とうりゅう)してもらい、作品を書いてもらうことも必要だろう。もう一つは、文学を音楽や舞台芸術、ドラマなどに広げていくことだ。その意味で、今回SPACが舞台化した「伊豆の踊子」は映像とお芝居を組み合わせた新感覚の舞台だった。
優先的に地元にお願いしてるのが文学ガイドの養成だ。文学と相性の良いジオガイドと連携などができないか考えている。また、湯ケ島の「上の家」などは、地元の人たちが集える場にしていきたい。当番制の仰々しいものでなく、縁側でお茶を飲んでいたら観光客が来て、そこで話が弾むようないわゆる地元の「ふれあいサロン」でいい。
井上、川端をはじめ、夏目漱石、梶井基次郎、松本清張…なぜこんなにも伊豆は作家をひきつけたのか。SPAC芸術総監督の宮城聰さんは、伊豆半島の地理的多様性と乳のような温泉は独自の魅力だとおっしゃっていた。こうした地域資源の豊かさを地元はもっと認識すべきだろう。高齢化や就職難など、マイナスの面ばかりが強調されすぎているように思う。「伊豆文学の郷」づくりを通じて、地域を誇りに思う意識が育ってくれることを期待している。



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